音を捨てる

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五感の中で何を失ったら最も怖いだろう?

片耳の聴力を失いかけた時、そう思った。
怖かったからだ。

音を失う事が怖かった。

耳は無駄に良かった。
絶対音感はないけれど、耳は無駄に良かった。

だから人より常に多くの音を拾っていたのだろう。
いきなりぶっ壊れた。

風の音。
遠い海の音。
落ち葉の掠れる微かな音。

多分、野生動物に生まれていたら、この耳は強い武器になっただろう。

でも残念ながら人間に生まれた。
表面上のにこやかな声と、裏で囁かれる悪意。
聞かなくてもいいたくさんの雑音を、この耳は無駄に拾った。

耳が音を拾う事は、意思では制御できない。
無駄にいい耳は、忙しない喧騒の中では頭痛の種だ。
情報過多で吐き気がする。

聴力を失うかと思った時は恐ろしかった。
多分、私の中で一番失いたくない感覚なのだろう。

でも今は思う。
音《みみ》を捨てようと。

自分が自分である為に。
その他
公開:24/03/31 03:31

ぽんず

ぽんずとかねぎとか薬味と調味料。
(整理したSSはNovelDaysにあります)
http://lit.link/misonegi

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