「サクラ」「筆箱」「闇夜」
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私は筆箱を開けると、そこには一本の桜の枝が入っていた。取り出してじっくりと見てみると、まだ開ききっていない蕾が五つついていた。誰がこんないたずらをしたのだろうか。闇夜のカラスという絵を描いたあの時だろうか。HBの鉛筆で濃淡をくっきりとさせてカラスを浮かび上がらせるというかなり根気を込めて描いた。私は描くのに夢中で筆箱の存在を意識から消していた。脳内は闇夜に松の枝から飛び立とうとするカラスのことでいっぱいだったのだ。その最中に筆箱に桜の枝を入れられたに違いない。私は桜の枝を再びじっと見た。そうだカラスが飛び立とうとしているのは松ではなくてサクラだったのではないか。ほころびかけの蕾に居心地の悪さを覚えどこかへ逃げ去らんとしたのではなかったか。するとこの枝はカラスの残した置き土産だということになる。わたしは枝の下のほうをハサミで切ると、飲みかけの水の入った水差しに挿した。
その他
公開:24/08/04 02:48
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