冷蔵庫

冷蔵庫が唸るのはだいたい夜である。家人が寝静まったころ唸りはじめる。昼間は扉を開け閉めされて落ち着かない。唸りながら冷蔵庫は、まず一日を振り返る。何を入れられ何を出されたか。冷蔵庫はさらに考える。本日のモノで最も美味いのは何か。冷気でモノを舐める。人間にはみえない触手で味わう。冷蔵庫は生ものが好きだ。果物はまあまあ。繊維質の野菜より肉類が好物。液体は好きじゃない。プラスチック容器は嫌い。缶類も嫌い。卵は意外と好む。包装の手薄な牛肉がいい。
好物にからゆっくりと食しはじめる。冷気で食する。唸りながら牛肉の生々しいところを吸収する。一晩かけて果物、野菜も食する。卵も。朝になって家の子供が扉を開ける頃にはすっかり食し尽くす。人間はモノの変化に気づかない。よく冷えたとモノを取り出すが、そのモノはもう元のモノではない。冷蔵庫が食して、排気音と排熱とともに美味しいところを排出した残りカスなのである。