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一つに束ねた艶めく長い黒髪、涼やかに揺れる薄浅葱の袴。
瞳を閉じて土手に佇み、どこまでも広がる夏空を前に師匠は静かに呼吸する。その横顔には、茹だるような夏の暑さも、叫ぶ蝉たちの声も鎮める清廉さがある。

…りーん

どこからともなく美しい風鈴の音色が聞こえたかと思うと、草色の風が豊かに香りたつ。師匠はその一瞬を逃さんと言わんばかりに目をかっと見開き、流れるような所作で筆の尾骨を咥えると素早く息を吹き込む。すると、軸を通った空気が前骨から泡を押し出し、ゆらりと膨れる。泡筆。泡の筆先で空に一筆、泡文字を浮かべる書道。私は偶然見かけた師匠のパフォーマンスに魅了され、すぐさま弟子入りした。
土手を軽やかに舞い、しかし空へは豪快に泡筆を振るう師匠の首筋には汗が走る。

【涼風一陣】

水色に透き通る夏空の半紙への一筆。
煌めき連なる泡文字は一瞬の芸術で、すぐに弾けると一陣の涼風が土手の草原を割った。
ファンタジー
公開:24/07/24 09:30
更新:24/09/01 10:39
泡筆(ほうひつ) 暑いので夏空に 涼やかな一筆を! 予約投稿

ネモフィラ(花笑みの旅人)( 気の向くまま )

読んでくれてありがとう!

寒い季節になったから、気が向いた時にふらりと立ち寄ってゆるーく投稿しています。

少し早いですが、よいお年を!

 

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