依理子の部屋

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雨が降りはじめたのは夜になってから。つめたいタイルの床にゴミが散らばる。雑然とした部屋に依理子の足跡をみつけるのは難しかった。錆びたスチール棚に一片の紙切れが残されている。紙には依理子の筆跡。たしかに彼女の手で書かれたものだ。しかし読めない。古びてしわくちゃになった紙に依理子の悪筆の文字は何かが這った痕跡としか思えなかった。スチール棚の上に蛍光灯が点滅していた。LEDではなく古い蛍光管だ。点滅のあかりのなかに天井に虫が一匹、這っていた。のろのろとしかし一直線に這う虫を目で追う。虫はスチール棚に飛びうつる 。棚の隅に虫は向かう。銀色の金属の装飾品、イヤリングだろうか。虫はゴールのようにイヤリングに止まる。虫を眺めているうちに依理子の声を思い出した。声を思い出したけれど彼女の声は会話をしない。声だけの思い出。ひたひたと部屋のシンクで水が流れていた。水が流れる音のなかで依理子の声がやまなかった。
その他
公開:24/07/22 10:18

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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