死んだ妻

　世界は残酷だ。生きてると本当にそう思う。
「人生はトータルでプラスマイナスゼロになる」とよく言うがあれは嘘だ。嘘に決まってる。俺の人生はトータルで大マイナスだ。プラスのことなんて何一つなかった。妻には先立たれ、会社では理不尽なことで怒鳴られ、家に帰っても一人でビールをちびちび飲むだけ。
　今日も一人ビールを飲んでいると死んだ妻の声がした。
「あなた、ビールをお注ぎしましょうか？」
　うっすら死んだ妻の姿が見える。酔っているのだろうか。
「あなたが心配で戻ってきたのよ。少ししか居られないけどね」
　死んだ妻がビールを注ぐ。相変わらず泡を立てる下手な注ぎ方だ。
「そんなに悄気返ってどうしたの？　肩の力を抜きなさい。なんとかなるわよ。死んだって、私がついてるもの。大丈夫よ。気に病むことはないわ」
　世界は残酷だ。もうどうにもならない時に限って、必ず救われるのだから。