笹の男

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 俺か…… 
 目覚めてすぐに悟った。例年なら、目覚めてすぐ、今年の笹男は誰なのかが解っていた。だが、今朝に限って、俺には笹男が誰なのかが分からない。そっと郵便受けを覗きに行く。やはり、短冊と紙縒りが届いていない。これはつまり、今年の笹男が俺だということだ。
 気づけばすでに、アパートが取り囲まれている。さきほど郵便受けを覗きに出たのを見られたのだろう。迂闊だった。願う側だったときは、単なる娯楽だったし、翌日になれば笹男のことなんて、みんな忘れていた。しかし今年は違う。笹男は笹になり、短冊に自由を奪われたまま、川に流されることになっている。今の俺には解っていた。すでに俺の脊椎からは笹の枝が伸び始めている。すぐに部屋を出なければ、押し込まれて万事休すだ。
 窓から隣の雑居ビルの室外機へ飛び移る。笹の葉がサラサラ揺れて、町民に俺の位置を逐一示す。畜生。畜生。と思いながら俺の長い一日が始まった。
ファンタジー
公開:24/07/07 10:05
シリーズ「の男」

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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