後遺症

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「その後いかがです?」
 初老の医者がいった。白い口髭をはやした、人の良さそうな男だ。
「ええ、まぁ」
 壮年の男が頷いた。しかし表情は冴えない。彼は流行り病の後遺症で、味覚が消えてしまったのだという。そればかりか血圧もかなり高い。

 長く通院しているが、改善の兆しはない。しかし、悪いことばかりでもなかった。彼には妻と、来年から大学生になる娘がいる。家族関係は冷え切っていたが、病気になったのがきっかけなのか、二人と会話する機会が増えたのだ。冷凍ばかりだった食事も、いつしか手作りになっていた。家族の笑顔と励ましが嬉しかった。
「お薬の効果は出ていませんか?」
「……味覚は戻りました」
 男が呟いた。
「ふむ……え? 治った?」医者は驚いた。
「なら何故そんな暗い顔をしてるんです?」
「妻と娘が作ってくれる料理なんですが、しょっぱいんです。それこそ塩を大量に入れたみたいに尋常じゃないくらい」
その他
公開:24/07/01 13:23

熊谷りん( 日本 )

初めまして! ショートショートやファンタジー小説が好きです。ベランダで野菜を育てるのにはまっています。

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