相思草（そうしそう）

ベランダで煙草を吸う。
昔からこれ一筋の紙巻きの、少し薄荷混じりの煙を嗅ぐと、貴方の思い出がふと浮かぶ。

パッケージの封を切る乾いた音。
紙箱の底をトントン叩く音。
ライターの着火音と巻紙をチリチリ焙る音。
空を見上げて紫煙を吐く息の音。

貴方のいないベランダで、苦手だった煙草にむせながら、今は無性に懐かしい。
ベランダで咥えたまま振り向いた、不思議そうな眼が懐かしい。
挟んだ指の形が。赤い蛍の様に揺れていた、小さな火が懐かしい。
きちんと歯磨きしてきても、舌に残った微かな苦さが懐かしい。
「泣いてるわけじゃないの。煙が目に沁みるの」
下手な嘘に笑った声が懐かしい。

煙草は相思草。吸っている間中、物思いにふけってしまうから。
だから君は吸うなよと、箱を空にして天へ昇った。

「……吸うなって言ったくせに。何よ、おあいこじゃない」
煙と涙にかすむ夜空で、一ヵ月早い彦星が赤くまたたいた。