名画でショート015『サン＝ベルナール峠を超えるボナパルト』(ジャック＝ルイ・ダヴィッド)

彼は英雄ではない。だが、英雄を創り出す天才だった。筆ひとつで、どのような人物も作り出すことができる。
背が低くて見栄えが悪ければ、長身にしてやればいい。見た目がいまひとつなら、少し鼻を高くして凛々しくすればいい。ロバにしか乗れないのなら、猛々しい白馬に乗せてやればいい。
特に、峠の上で白馬に乗りながら指を突き上げるこの一枚の出来は良かった。
創られた英雄はご満悦だった。彼は調子に乗ってヨーロッパを制覇し、身分の卑しさを糊塗するために王族の娘を妻として奪い取った。
英雄の賞味期限は短い。英雄はすぐに腐る。彼の最高傑作といえども、定められた道からは逃れられない。
だが、彼が気にすることはない。古い英雄が消えたら、また新しい英雄を創ればいい。
もっとも、節操のない彼を新たに雇ってくれる愚物がいればの話だが。