終電の車内で

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 彼が乗った終電の車両には、彼以外に乗客はいなかった。座席にどさりと座り込むと、赤い顔をして酒の臭いのする息をふう、と大きく吐いた。彼は日頃の不運つづきを不満に思い、酒で運をたぐり寄せようとするように終電の時間まで飲んでいたのだった。しかし手酌でいくら飲んだところで憤懣やるかたない気分は晴れてくれずに、かえってみじめな思いで座席に体をうずめていた。ある駅に電車が到着すると、タイトなワンピースの若い女が乗り込んできた。すると女はがらがらの車内でわざわざ彼の正面の座席にどさりと腰を下ろしたのだ。そして扇情的に脚を組んでワンピースの裾が太ももへずり上がると、悩ましげな視線を彼へよこした。彼は、ようやく自分にツキの順番が回ってきたのだと思わずにいられなかった。その視線に応えるように微笑してやると、女が立ち上がって彼に近づいた。
「もう……我慢できない」と女が言うやいなや、まともに彼の顔に嘔吐した。
その他
公開:24/06/02 18:14

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