素晴らしい苔

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商店街に昔ながらの金物店がある。いつもはハサミや包丁研ぎで訪れる近所の客か、業者の出入りしかないのに、今日に限って一人の客が店先で足を止め、熱心に店主と語り合っていた。
「いやぁ、これは本当に素晴らしい苔だ。日本一だと言っても過言じゃない」
「さすが小林さん、お目が高い。これはある有名な盆栽家が仕立てた苔なんですよ」
声が大きいのでかなり遠くまでやり取りが聞こえるようだ。よほど凄い苔があるに違いないと、あれよという間に人だかりができた。
「ぜひ譲っていただきたいのだが、五千円ではいかがでしょう」
「本当なら売る気はないんですがね、大切にしていただけるなら、」と店主が答えると、周囲で勝手に競りが始まり、最終的には通りすがりの青年が一万円で購入した。
その金が小林老人の懐に入るのを目撃したが、私は隣にある布団屋の看板猫なので知らんぷりしている。
その他
公開:24/05/29 09:00
更新:24/05/28 12:34

いちいおと( japan )

☆やコメントありがとうございます✨
以前のアカウントにログインできなくなってしまい、つくりなおしました。

清流の国ぎふショートショート文芸賞 入選

ときどき短編〜長編も書いています(別名義もあります)

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