飲めないビール

「家にまだあるのに」とビールケースを担ぎ帰宅した父を母は咎めた。
「飲めないビールなんだ」と笑顔の父に、私と母が顔を見合わせ首を傾げた。
「駅前の百貨店で売られててさ、飛ぶように売れてたよ。醸造家も急遽一日で仕上げたらしい。なんせ飲めなくてもいいからそんな無茶なことが出来たみたいだ」
「どうするのそれ」と私の問いに「夢だったんだよ」と一言。Tシャツとスウェットパンツに着替え「ちょっと、ビールを堪能しに行ってくる」と再びビールを担ぎ出ていこうとした。
父の行動を何一つ理解できないまま母は困惑し
「せめてそれで何をするかだけでも」と懇願した。
「アレだよ、ちょうどニュースでやってるじゃないか」と父はリビングのテレビを指さした。
「そういうこと…」母と私は納得できた安堵とそれはそれでの感情に複雑に満たされる。

38年ぶり、日本一に輝いたプロ野球チームのビールかけの様子がテレビから流れている。