私の愛する者たち

父は画家だった。
家には父がいて、アクリル絵の具の匂いがした。
私が帰ってくると父が決まって優しく『おかえり』と微笑んでくれるから、私は『ただいま』と返事を返すのだ。

でも、ある日から父はずっと絵を描くようになった。
まるで取り憑かれたように、寝食も忘れてしまったように、ずっと絵を描き続けていた。
その日以降、私が父の優しい『おかえり』という声をもう聞くことはなかった。

そういえば、あの時…父はなんの絵を描いていたのだろう。
数年経って私は父の遺品を整理しながら昔のことを思い出していると布を被せた一枚の絵を見つけた。
布を取り、中身を確認するとハッと息を呑んだ。

そこには、幼い私と母が笑顔で話す絵が描かれていたのだ。
額縁の裏にはタイトルが父の細い字で書かれてる。

『私の愛する者たち』

父は画家だ。
この絵を後世にずっと残したくて描いたんだと
その時、私は気づいた。