ヤドカリ父さん

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缶ビールを2つベンチに置き、しばし海を眺める。僕と一緒にビールが飲みたいと言っていた父は、僕がお酒が飲める年齢になる前に亡くなった。
「あの、よろしければお付き合いしましょうか?」
いつの間にか足元に小さなヤドカリがいて、声をかけてきた。
「じゃあ、一緒に飲もうか」
僕はヤドカリをひょいっと摘まみ上げて缶ビールの蓋に乗せ、プルタブを開けた。プシュッと小気味良い音がして、クリーム色の泡が飛び出す。
「はい、乾杯!」
泡に口を付けたヤドカリは「くー! こりゃ美味い!」と歓喜の声を上げた。
「そう言えば、小さい頃に興味本位でビールを飲もうとして、父に怒られたっけ」
「懐かしいですね。確か小学2年生の時でしたか」
――え?
「さて、そろそろ帰りますよ」
ヤドカリを手の平に乗せ、じっと見る。
「あの、また逢えるかな」
「縁があれば、必ず」
夕日に向かってゆっくりと歩くヤドカリを、僕は黙って見送った。
ファンタジー
公開:23/10/29 19:41
更新:24/01/07 17:07
ビール ヤドカリ

トガシテツヤ( 北海道 )

(以前のアカウントが操作不能になってしまったので再掲です)
茨城県つくば市出身、北海道オホーツク在住。
小説、エッセイ、朗読用台本の執筆、ショートドラマのシナリオライター、Webライターなど。
主にnoteで小説やショートショートを執筆しています。

note → https://note.com/t_design04

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