コモレビヰル

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秋の行楽シーズン、紅葉狩りに出掛けた奥山で小洒落た飲み屋を見付けた。
ビア樽の形をした木造りの店構え。真鍮のタガにはレトロな金文字で『コモレビヰル』とある。旨いビールと地物の肴を期待してドアを開けた。

店内に人の姿は無く、天窓の下のカウンターにグラスが一脚置かれてあった。
そこに根を生やした様な存在感に惹かれ、席に着く。盛りの紅葉が日差しに照り映え、天窓から注ぐ光でグラスは赤々と燃えている。
なるほどこれがコモレビヰルか。柔らかな煌めきに目を細めつつグラスを傾ける。
ぬるいビールを旨いと思ったのは初めてだった。梢を揺らす風の音。土と雨と森の樹々の香り。暗くなるまで遊んで帰った後、よく干せた布団に寝転がる時の、何とも言えない充足感に包まれる。

『おかえり』の声が聞きたくなって、急ぎ足に店を出る。
陽だまりを飲んだ胸はじんわり温かく、空になったグラスには初霜がエンジェルリングを作っていた。
ファンタジー
公開:23/10/25 20:23
クラフトビールコンテスト

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞

いつも本当にありがとうございます!

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