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百年物の古ビールが飲めると聞き、老舗の麦酒蔵元を訪ねた。
赤煉瓦の瀟洒な洋蔵は、それ自体が大正期の文化財だそうだ。使い込まれた樫の樽に向かう麦杜氏が、手元から目を上げずに訥々と語った。
「うちの酵母は代々継ぎ足しでね。蔵の事なら屋根瓦の数から床板のシミまで知ってますよ」
「ビールの声が聞こえる様におっしゃるんですね」
「ビールの声を聞くのが麦杜氏の仕事です」
枡に汲まれたセピア色のビールが、同意する様にぷくりと泡立った。
角の取れたまろやか香りと、甘酸っぱく熟れた柑橘の風味が喉を過ぎる間に、ビールの憶えた百年の昔を垣間見た。
燻せた樫桶が真新しい木の匂いを漂わせ、デニムの作業着が紺絣の着物になっても、麦杜氏の背中は時の流れなど知らぬげに黙々と働いていた。
ふたりの会話を邪魔しない様、静かに枡を置いて蔵を出る。
敷居を跨いで振り返れば、そこには蔵の名残りとおぼしき石畳だけが敷かれてあった。
赤煉瓦の瀟洒な洋蔵は、それ自体が大正期の文化財だそうだ。使い込まれた樫の樽に向かう麦杜氏が、手元から目を上げずに訥々と語った。
「うちの酵母は代々継ぎ足しでね。蔵の事なら屋根瓦の数から床板のシミまで知ってますよ」
「ビールの声が聞こえる様におっしゃるんですね」
「ビールの声を聞くのが麦杜氏の仕事です」
枡に汲まれたセピア色のビールが、同意する様にぷくりと泡立った。
角の取れたまろやか香りと、甘酸っぱく熟れた柑橘の風味が喉を過ぎる間に、ビールの憶えた百年の昔を垣間見た。
燻せた樫桶が真新しい木の匂いを漂わせ、デニムの作業着が紺絣の着物になっても、麦杜氏の背中は時の流れなど知らぬげに黙々と働いていた。
ふたりの会話を邪魔しない様、静かに枡を置いて蔵を出る。
敷居を跨いで振り返れば、そこには蔵の名残りとおぼしき石畳だけが敷かれてあった。
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公開:23/10/27 21:08
クラフトビールコンテスト
創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。
【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞
いつも本当にありがとうございます!
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