常連客

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 想出ビールの店に行ってみた。青春ピルスナーを勧められ、ジョッキにつがれた金色の液体を飲み干すと、目の前に泡のように懐かしい光景が浮かぶ。野球部最後の夏、私は最後の試合で惜敗したのだ。当時の苦い悔しさに加え、数十年経った今の私だからこそ感じる、熱中仕切った達成感や仲間との友情。それらの爽快な感情が咽を貫き、一気にはじけていった。

成程、これが想出ビールか、面白い。

 幾つか想出を楽しんだとこで、私は少し物足りなくなりマスターに尋ねた。マスターは少し間を置いてグラスを差し出す。

「こちら、忘れんぼホップです。」

なんでも飲むと、好きな物に関する記憶の一部、例えば映画好きは今まで見た映画の内容を、忘れてしまうそうだ。だから何度でも、初めて好きな物に触れた感動を楽しめるという。



 会計を済ませて店を出て行く男に、マスターが言った。

「いつもありがとうございます、またのお来しを。」
ファンタジー
公開:23/10/26 00:42
更新:23/10/30 00:24

斜文字

斜に構えてます。

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