疑似異世界

事故に遭い、生死の境を彷徨った１カ月。私はその間、富士山の頂上にいた。
ここはまるで異世界だ。山小屋で売られている商品は地上で見るそれの何倍もする。富士山の頂上付近という場所を考えれば、それも仕方のない事かもしれない。
ここはまるで異世界だ。テレビや写真で見た事がある絶景。
だがそれは肉眼で見るものと全然違っていた。あれらは今、私が感じている感動の百分の一も伝えられていない。百聞は一見に如かずとはまさにこの事か。
私は富士山から降りられないでいた。この国で最も高い山。この国で一番天国に近い場所にいる私。ここを動けない私だが、天国に行く事はなかった。
富士山頂上で暮らし始めて１カ月後。目を覚ますと私は病院のベッドの上だった。いつもの山小屋の板の上ではない。ふかふかの布団だ。
私は夢でも見ていたのか？あの光景は妄想か？それを知りたい。
だからリハビリを乗り越えた私は今日、富士山を登っている。