オモイデワクチン

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「おいS! どうした、顔が青ざめてるぞ」
同僚の声でSは我にかえった。ポケットの中には、署内で保管している麻薬が入っている。
ポケットの麻薬は「オモイデ系」と呼ばれる合成麻薬で、若者たちの間で流行っていた。見たいイメージが脳内に現れ、思い出として定着する。だが本物の思い出がひとつ消滅する。ひとたび口にすれば、廃人に近づく麻薬。使い続けた若者の自死や犯罪が社会問題になっていた。
Sは疲れていた。仕事に母の介護に疲れていた。
「自分には何一つ、新しい思い出がない。1回ぐらい、そう1回ぐらい、いい思いをしたっていいじゃないか!」
翌朝、Sは目を疑った。冷蔵庫のオモイデ系がなくなっている。目の前の母が微笑んでいる。そんなばかな! 母の目に力が戻っている。
「S、いつもありがとう。母さん、思い出した」
記憶を失った高齢者には良薬だった。一年後「オモイデワクチン」として認可され、Sは国から表彰された。
ファンタジー
公開:23/10/21 08:25

笠森まき( 東京 )

田丸さんのご本を読んでショートショートが大好きになりました。楽しくて、毎日がワクワクしています。私にとってショートショートは「読むサプリ」、ほっ、となればうれしいです。読んでくださって、ありがとうございます。

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