漂流熟成

ジョッキの形の蔵太（くらふと）島に、今年もビー流氷が漂着した。
真冬でもキンキンに冷えたビールを飲みたい筋金入りが、アザラシのごとく着ぶくれた姿で玻璃（はり）湾に詰めかけ、採氷船で沖へ繰り出しては、金色に凍った息を吐きながら連日酔いどれている。

流氷に生える植物プランクトンが海を漂う間にアルコール発酵し、波と潮風と海洋ミネラルを含んだ滋味豊かなビールが出来上がる。
氷温でじっくり熟成され、ロックアイスの形で打ち寄せるビー流氷は、口に含んだ瞬間に泡と弾け、太古から連綿と続く満ち引きの記憶と、海に溶け込んだ地球の生物史を語りだす。
煌めくダイヤモンドダストで丸ごとビール色に染まった黄昏時、足元からこだまする流氷の乾杯をＢＧＭに、この星の４６億年に舌鼓を打つ。


やがてビー流氷が溶けて春が来ると、運ばれたプランクトンは海中に広がり、海のジョッキは魚達がヒレやうろこで乾杯を交わす宴会場になる。