本心

　ある老人がレンタカーを運転中に、妊婦と幼児含める10名を轢く多重衝突事故を起こし、逮捕された。警察の取り調べにも、老人は取り乱すことなく淡々と話した。レンタカーを利用したのは買い物のため、ブレーキとアクセルを踏み間違えたのが原因であり、心から謝罪をする旨など…老人は冷静に話し続けた。

　…しかし、初公判に出廷した老人は、そこで、初めて、本心を、裁判官、検事、弁護士、被害者遺族たちに…叫んだ。

「ハイエースなら100人は殺せると思ったワ!」
「ブレーキとアクセル?　間違えるワケねえだろうがっ!」
「幸せそうなクズを見ると腹が立つンだよっ!　あのクズ共は死んで当然だっ!」

　傍聴していた人々は凍りついた。
　これが人の悪意。社会と繁栄の裏に潜む、とびきりの深い闇を――人々は見た。見てしまった。

　そして翌日も、一年後も、老人と裁判について、詳細がメディアに報道されることはなかった…。