夜のビール

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眠れずに歩いていると、見慣れない店を見つけた。入らない理由もなく、扉を開けてカウンターに座る。
マスターは何も聞かずに黒い飲み物を目の前に置いた。
「夜を醸造したクラフトビールです」
花のようなグラスを持つと、香りに胸がしめつけられた。
傾ければ麦芽の濃い味が膨らんで、飲み込んでから苦味が追いかけてくる。
恋人が去った悲しみを、こんな夜で埋めるのもいいだろう。
「夜への想いは人それぞれ。アラスカを想う夜なら、オーロラのように味や香りの移ろいを楽しめますよ」
マスターの話に杯を重ねるうち、段々ビールの色は白くなった。
「もうすぐ夜が明けますね」
苦味の薄いそれを飲み干すと、注ぎ口から雫が垂れた。
「空いてしまいましたね」
名残り惜しいけれど、立ち上がる。店を出る僕の背中にマスターが静かに言った。
「明けない夜も、空かない夜もありませんから」
心地よく冷えた朝の空気が、少しだけ酔いを醒ました。
ファンタジー
公開:23/10/07 23:51

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