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味見用の小皿を口元へ運び、店長は静かに目を閉じる。

「スー…よし、いい味だ。」

俺が仙人食堂でバイトを始め3か月。スキンヘッドに赤いバンダナの似合う店長は元仙人だ。霞を食べて暮らしていたが、ある日、俗世の人々に霞の美味さを伝えたいと思いたち、山を下りて食堂を構えた変わり者。まぁ、ふらっと入ったここの霞に魅了され、その場で弟子入りを志願した俺も変わり者かもしれないが。

深い山々の描かれた店内は、どんなに満席でも常に明鏡止水。俺は一見何も入っていない茶碗や小鉢の並んだお盆を常連のおじさんの前に出した。

「朧月夜定食です。」

「今日も一段と澄んでいるね。私は最近、霞の色が見えるようになってきたんだ。」

おじさんは両手で茶碗を包み込むように持つと、スーっと吸い込み静かに頷く。
俺はふと厨房を見た。すると、立ち昇る湯気の中に白い衣を纏い、豊かに髭を蓄えた仙人時代の店長が揺らめいていた。
その他
公開:23/09/18 21:31

ネモフィラ(花笑みの旅人)( 気の向くまま )

読んでくれてありがとう!

寒い季節になったから、気が向いた時にふらりと立ち寄ってゆるーく投稿しています。

 

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