甘い声が聞こえる

甘い声が聞こえた。目の前の大画面から。まさか。画面には工場の配管、水道、排水管、空調ダクト、処理水、特殊溶液など巨大化学プラントの全ての気体液体の配管作動状態、流量、流速を表示する。保全係員の私は四六時中画面の前に座る。交替が来るまで深夜は私の持ち場だ。
画面にスピーカーはない。ささやくような甘い声。画面を拡大し片っ端からチェックする。ここだ。第２工場炭酸ガス配管の温度が高い。閉栓する。声は小さくなったがまだ聞こえる。交替を待ってはいられない。第２工場に向かった。
深夜の工場に人気はない。第２工場の配管ブースを点検する。熱を帯びて声がする。側面の梯子を登って太い合流部分から中に入る。ガスは止まっているが気流が昇る。管内側を這い上がる。声が大きい。この上は開口部だ。誘うように甘い声がエコーをきかせてはっきりしてくる。管を上り切る。見上げる夜空に満天の星が燦然ときらめく。声がぱたりと止んだ。