カコカー

数年前に亡くなった夫は私の為にカコカーを遺してくれました。
カコカーは過去形燃料と呼ばれる過去の記憶を原動力に動く車です。
夫は自身の死期が近い事を悟っていたのでしょう…燃料としてくべられた過去は本人の中から消えてしまいます。軽度の認知症も患っていた夫は、病気で忘れるくらいなら…と車の中に私との過去を入れてくれたのです。
カコカーは自動運転です。行先は過去、夫と通った道のみ。一応カーナビも搭載されているので、工事中などにも臨機応変に対応できますが思い出にない場所には行けません。
車の免許を持っていない私は今日もカコカーに乗り、近所のスーパーに行きます。
車がなければ近くて遠い場所。でも、カコカーがあれば近い場所です。
夫と何度も通ったこの道。何気ない日常の大切さを、カコカーは私に教えてくれます。
この車の燃料はあと数十年持つそうです。なら私も、あと数十年この車と生きていこうと思います。