柔らかで,優しいひと時

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暑い夏なのに,来る日もバイオリンの練習。もう飽き飽きしていた。やらされる稽古事に気持ちが向くはずもなく,美しい木目の楽器と共にする日々。「遊びに行くぞ!」と友達からの野球の誘い。でも行けない。秋の発表会に向けて,エルガー「愛の挨拶」をさらう日々。

発表会は無事成功,沸き起こる拍手には嬉しさも一入だったが,遊びに行けなった虚しさの方が勝っていた。

いつの間にか,楽器はやめ,大人になった僕。
暑い夏の昼休み,木陰のベンチでうとうとしてしまった。ふっとエルガーの柔らやで優しい旋律が流れてきた。ぱっと目を覚ました。樹々に囲まれた中に1台のピアノがあった。ピアノに座る人が愛の挨拶の前奏を奏で始める。その横にバイオリンが。「よしっ」と僕が手にかけると,ベンチで目覚めた僕。

もう誰もいない実家に行き,埃まみれのバイオリンを手に取った。楽器は弦の劣化は否めなかったが,柔らかで優しい音を奏でてくれた。
ファンタジー
公開:23/08/07 12:54

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