八月の風

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 戸も襖も開け放っているから、冷蔵庫を閉める音がして、麦茶を注ぐ音もした。完全な実家の夏休みだった。
 日記帳を開いたが、暑さで出来事まで蒸発してしまったようで、ページは白いままだった。
 畳の上へ仰向けになり、天井の木目を眺めた。扇風機が首を振り、部屋の熱気をかき混ぜていた。縁側の向こうに入道雲が映え、強いコントラストがあった。蝉の声が重なってさらに暑い。涼しい風は明け方だけだった。
 起き上がって鉛筆を持ち「風」と書く。さらに風、風、風と書いて、ページをめくり、八月からは止まらない風速で風を並べ始めた。
「こんにちは」と、玄関で従姉妹の声がした。はっとして手元を見ると、前には「風」の一字で埋め尽くされた八月があった。
 母が応対する声を聞き、慌てて消しゴムをかける。八月の風を押しのけ、消しゴムの雲を増やす。
 母と話しながらやってきた従姉妹と目が合った時、紙が落雷のような勢いで破れた。
青春
公開:23/08/07 07:04

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