対話の森

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この森はかなり深くて道はよく整備されているので、散歩する人は多い。たいてい一人で散歩している。というのは、ここで何かつぶやくと、例えば「ああ、今週は忙しかった」と口に出さずとも頭の中でつぶやくとそれに応える声が聞こえるのである。聞こえるといっても実際の声ではなく空耳でもなく頭の中で声が響く。内語といえるかもしれない。慣れない人は途惑うがすぐ慣れる。声はこちらが発した内語に対して例えば「それはお疲れ様です」と返してくれる。森の声を聞いたらそれに返事すればよい。「いろいろあってね」すると「何か困ったことでも?」と返ってくる。声は自然で優しく退屈もせずおどかしたりもしない。森の声との無理ない対話、それはひとときの至上の癒しである。
森と対話を続けるには歩き続けなければならない。道端の快適なベンチに腰を下ろした途端に森の声は止んでしまう。だから対話を楽しむ人たちはいつも一人で森を散歩し続けている。
その他
公開:23/08/01 08:14

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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