忘却の丘

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忘却の丘にやってきた。木々の茂みを分け、岩の道を這いのぼって小高い丘に立った。眼下に急斜面の渓谷、向こうに青い山並み。空には羊の雲がいくつも浮いている。誰もいない。陽光が眩しい。
この丘で正午ちょうどに忘れたいことを念ずるときれいに忘れられるという言い伝えがある。やることなすこと全て失敗続きで行き詰まった私は嫌な記憶を消してしまえるものならばと慣れない標高三千メートル級の登山を決行し、丘に辿り着いたのだ。
忘却の程度は正午の空模様により、晴天が最適、曇天なら半分、雨天だと効果はないらしい。
まもなく正午。私は丘の上に立った。白い雲は二、三片。それもみるみる消えていった。正午、全天快晴!私は今までの嫌な行いを念じた。
そして丘を下りて街に戻った。自分の過去が洗い流されたせいせいした気分で。街で私に似た顔写真が貼ってあっても何のことがわからない。指名手配と朱書してあってもまったくの他人事…。
その他
公開:23/07/26 17:42

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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