椅子が笑う

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地下鉄の通路を歩いていたら、狭く寂しい廊下みたいなところにきた。誰もいない。奥から音がする。笑い声のようだ。誰が何を笑っているのか。先に進むと通路は行き止まりになっていて、そこに椅子がひとつある。鈍い照明の下でシンプルな木製の椅子。それがかたかた笑っている。まるで人間の声。
近づいてみると椅子は四本の脚を巧みに振動させてけたけたと床に音を立てている。そのリズムと響きが人間の笑い声そっくりだ。何が面白いのか。さらに近寄ると椅子はぴたりと静止して、声が止んだ。何か椅子に気づかれたのか。一瞬の沈黙があって突然、がたがたと椅子は笑い出した。さっきより大きな声で。げたげたと床を鳴らす。気味悪くなって逃げるように駆け足で通路を引き返した。椅子は背後で大きく笑っている。走りながら思った。なぜ木の椅子ごときにひるんで逃げなければならないのか。駆け出すんじゃなかった。いっそのこと椅子に腰をかけるべきだった。
その他
公開:24/01/31 16:37

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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