へっちゃら

僕には祖父の世代に渡米し、米国で生まれ育った日系三世の友人がいる。ジェームズというMI6のスパイのような名前を持ちながら両親ともに日系ということで見た目は完全に日本人と変わらない。でも、日本語はカタコト程度しか話せない。そんな彼は大人になって一念発起し、日本語を独学で学び始めた。そして日本語の会話サークルみたいな集まりで僕と知り合ったのだ。普段、僕は彼をジェイと呼ぶ。ある日、何とはなしに彼に尋ねてみた。
「ジェイ、一番好きな日本語の言葉って何？」
「へっちゃら」
「わぉ、すごいね。そんな言葉どこで習ったの？」
「いや昔よく聞いた言葉だから。今でも大事にしているだけ」
彼によると、その言葉は北海道生まれの亡き祖父が真冬の雪かきでよく口にしていたそうだ。この程度の雪なんて大したことない――移民として、そう自分を鼓舞しながら雪かきに精を出す祖父の姿は言葉とともに孫に確かに受け継がれていた。