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 父は思い立つとこっちに帰ってきては、馴染みのブルーパブに私を誘い出す。好みのクラフトビールを嗜むのが趣味らしい。
 こんな苦い飲み物、よく飲むねぇ――と言っていたのはいつの頃か。今じゃ父に影響され、苦味の強いビールがお気に入り。たまに会う父との時間も悪くない。

「仕事はどうだ?」
「まぁまぁ、だね」
「彼氏は?」
「順調だよ」
「苦労はしてないか?」
「――」
「まぁ、人生は苦労するくらいが、ほどよく愛せてちょうどいい」
 父とはいつもこんな調子。カウンターに並び、隣に父を感じられるのが奇跡ではあるけれど。
 父はいつも愚痴をこぼす。天国ってところは甘美な楽園。ただ、うまいビールがないのがいただけない。ビールも人生も苦味がないとな――そんな父の言葉を耳に、グラスの底に残ったビールを飲み干す。
「お会計お願いします」と私。
 店内には「一名様、お帰りでーす!」と、陽気な店員の声が響いた。
その他
公開:23/11/19 09:12

ときわひでたか(常盤 英孝)( 大阪 )

《3分後にはもう、別世界。》
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