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小さく燃える坩堝の先。原形を留めず、ただじっと佇む液。
素早く巻き上げ、吹竿に絡めとった1500度にフゥ、と想いを吹き込む。すると醪は形を整えながら、丁寧な下玉に成長した。
「よくできてんじゃねえか」
汗ばむ背中に師匠の声が掛かる。徐々に動きが凍結していく液体を嬉しそうに見、その様子に湿る軍手が締まる。これが今から誰かの生活にそっと寄り添うこと、その基盤を自分が作ること__若手は恥ずかしくも照れてみせた。
「いつか誰かのひとときに、私の作る食器が並んでほしくて。」
その言葉を聞き、師匠の髭が横に伸びる。「なら、醪を目指しな」と彼は言った。
「完璧じゃなく、味わいあるもんを作んだ。醪になるまで挑戦を追究したら、きっと好いもんができる」
不細工なグラスに一杯のビールが注がれる。そんな工房に麦秋至の風が吹く。
今の師匠の始発点には、同じ台詞と銘柄、不出来なグラスが並んでいたのだという。
その他
公開:23/11/19 03:02
更新:23/11/19 03:08

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