着せ替エール

馴染みの洋服屋には、試着室の隣に試飲室がある。
「着せ替エールを」
置かれたジョッキの持ち手は腰に手をあてたような形で、中にはエールビールが入っている。
飲み終える頃、店員が小さな洋服のかかったハンガーラックを見せた。
『本日の着せ替えです』
アロハシャツを選ぶと、俺はジョッキに着せた。持ち手にも袖を通すと、店員がビールを注いでくれる。
一口飲んで驚いた。南国の果実感が増して、後味の爽やかさは夏空を思わせた。
野球着はグビグビと、煙突掃除屋はスモーキーと、様々な着せ替エールを味わった。
『コーディネートもどうですか？ビアスタイリストなんです』
毛皮のコートのコーデだった。
冷たく口溶けのよい泡に冬を感じ、泡の奥から流れてくるビールは春の小川のようで、花の香りがふわりと鼻を抜ける。
『コートの下に花柄シャツを合わせました』
春の訪れに酔いしれながら、口元についた桜の花びらを俺は手でぬぐった。