日本クラフトビール神話

困ったことになった。
俺はカレンダーに目をやる。約束の日は刻々と近づいていた。

スサノオがこのクラフトビール工房にやって来たのは数ヶ月前のことだ。
「ヤマタノオロチを酔わせて倒すために強くて美味いビールを作ってくれ」と言われ快諾したが、まさかそれが頭が八つある竜で頭ごとに好みが違うとは……。

だが、そんなことで諦めたら新鋭工房の名が廃る。
俺は立ち上がり、寝る間も惜しんで八種のクラフトビール開発に没頭した。
それが完成したのは約束の日の早朝だった。

決戦のとき、俺はスサノオの後ろに隠れヤマタノオロチの動向を伺った。
八つの頭で樽に入ったビールを飲み干したヤマタノオロチは同時に言った。
「うーん、美味い！もう一杯」
俺は感動の涙を流し、呆然とするスサノオを突き飛ばし工房へ駆けると、より美味いビール開発に取り掛かった。

一瞬なにか忘れている気がしたが、たぶん俺には関係のないことだった。