ワタナベ工房〜出せない猫缶〜

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にゃぁ
喚起のため少しの間開けたままにしていた扉からそんな声が聞こえ、慌てて振り返ったがすでに珍客の侵入を許した後だった。
「いらっしゃいませ。何か忘れたいものでもおありですか?」
そう声をかけてから、そうした自分に笑ってしまう。猫は猫だ。こちらの問いかけに答えなどしないし、忘れたいことがあったとしてもそれを伝える術はない。
「それに多分、ビール飲んだらダメですよね」
グラスや鍋、スケール類の手入れをしつつも話しかけるのを止めない自分が面白かった。普段人の話を聞いてばかりいると、時々は誰かに向けて喋りたくなるのかもしれない。
「思い出の品からクラフトビールを作っているんですけど、それを飲んだ人から対象の人の記憶を消してしまうんですよね」
なんででしょうね?
足元にすり寄ってきた猫に手を伸ばすが、それは嫌だったようでするりと距離を取られた。
「失礼しました」
猫は、くたびれた首輪をしていた。
SF
公開:23/11/13 21:05

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