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 街を熱が包み込んでいた。今日は祝祭の日。百年をかけて収穫の時期を迎える「紀麦」の豊穣を祝う特別な日。
 祖父から「紀麦」の話を聞いたのはわたしがまだ十歳かそこらのころだった。それは、はるか昔からこの街で受け継がれてきた奇跡の麦の話。通常の何倍もの歳月をかけて生育するその麦は、途方もない風雨に晒され、数えきれない冬を乗り越える。そうして幾星霜を生き抜いた麦たちは、見るも美しい黄金の穂を実らせるのだという。
 いま、わたしたちの手にはその黄金を写しとったかのように輝くジョッキが握られている。結局、この輝きに出会うことなく祖父はこの世を去ってしまった。祖父だけではない。この百年、わたしたちの街は多くの災いに襲われ、多くのものを失ってきた。
 でも、だからこそ、次の百年に乾杯しよう。永遠を信じた恋人や、明日を約束した親友、失ってしまったすべての最愛と抱き合うように、わたしたちはジョッキを傾けた。
その他
公開:23/11/15 22:33
更新:23/11/16 01:34

吉田六

Twitter(X):@yoshida__6

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