麦の船

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甲板に麦畑をのせた船が高い空を昇っていく。
見習いの僕は今年、はじめて船に乗ることができた。間近で揺れる金色の穂は想像よりはるかに美しく、香り高い。うっとり眺めていると、
「ぼーっとするな!」
帆柱の天辺にいる師匠に怒鳴られ、慌ててロープを握り直す。まだ成層圏も越えていないのに、すでに僕はヘトヘトだった。
「ここからだぞ!」
次第に空の色が変わっていく。明るい青から深い藍色へ。
「よし、今だ!」
兄弟子と並んで僕は必死にロープを引っ張った。麦畑が端から持ち上がっていく。重たい。掌の痛みに耐え、なんとか垂直に引き上げると、師匠が見事な手腕で柱へ縛りつけた。
〈麦の帆〉――太陽風をこの金色の帆に受けて、船はビール工房のある遠い星まで厳しい旅をする。
僕にも試練の旅路になりそうだ。でも兄弟子から聞いた話では、新人が苦い思いを噛みしめた年ほど、ビールは濃厚で柔らかな大人の風味になるらしい。 
ファンタジー
公開:23/11/13 16:10

石原三日月

坊っちゃん文学賞佳作
    第17回『家の家出』
    第18回『どっちつかズ』
    第19回『メトロポリスの卵』
第1回「幻想と怪奇」SSコンテスト優秀作
   『せせらぎの顔』
カモガワ奇想短編コンテスト大賞
   『窓の海』

どうぞよろしくお願いします。

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