ハッピーバースデー

柑橘の香りを嗅ぐと、父を思い出す。
三又槍を持ったポセイドンのような父は、豪快な人だ。
船乗りでいつも日に焼けて、ごつごつした大きな手で幼い私の頭を撫でた。
二十歳の誕生日、父と二人で航海をした。
波がキラキラとダイヤモンドのように光る中にスナメリたちがやってきて、船と一緒に泳ぎジャンプしてみせた。
「お誕生日おめでとう」と祝福されているようで嬉しかった。
「ほい」父が冷えた缶ビールを渡した。
「ありがとう」
プシュッと開けると、キリッとした柑橘の香りがした。
「誕生日おめでとう」
「ありがとう」
生まれてはじめて飲んだビールは、ちょっと苦くて、ちょっと甘くて、ちょっと大人になった気がした。
あれから何年も経って、いろんな人といろんな場所でいろんなビールを飲んだ。
でもね、父と海で生まれてはじめて飲んだあのビールが、私は一番好き。