埴生の旅宿

初めての二人旅は風呂場だった。
入浴剤の香りに包まれて背中を流し合った。差し向かいでつかる湯舟から、湯気と幸せが溢れていった。

寝室のハネムーンでは、シーツの海を泳ぎながら甘い夢を見た。キッチンに新居を構え、夫婦の共同作業で引っ越しそばを作った。やがて年越しそばも作り始める頃には、二つの丼と一つの茶碗が食卓に並んだ。
季節ごとに窓辺を転々とし、移り変わる景色を楽しんだ。リビングのソファは最高の別荘だったけれど、特等席は猫のココに占領されていた。
ケンカの逃避行はトイレの個室。気張っても３０分が限度で、壁越しのノックが仲直りの合図だった。
節目には子供部屋へ里帰りし、成長する分身達に互いの面影を確かめた。屋外旅行で庭を探検し、幾度かの門出を玄関で見送った。縁と絆が繋がり、迎える顔が年々増えた。

そして今日、夫婦揃ってこの家を旅立つ。
二人歩いた道のりと、抱えきれない家族の思い出を連れて。