記憶の森

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父が帰ってこないと兄から連絡があった。兄の家に行くとベッドに横たわる父がいた。
「お父さん」
体を揺すってみたが何の反応もない。父の意識は今、メタバースの何処かにいる。
精神旅行のように現実世界と仮想現実のメタバースを行き来できるようになってからずいぶん久しい。
メタバースマップの父の居場所を示す⚓︎が点滅している場所に私は言葉を失った。
「ユーフォリア……」
「ああ」兄がため息をもらした。
ユーフォリア。別名、記憶の森。一人で足を踏み入れてしまうと二度と帰ってこれないと言われるメタバースで最も帰還困難な区域。
私はリードと呼ばれる精神綱を兄に託し父の浮標にダイブした。
その家は鬱蒼と生い茂る森の奥深くにあった。私たちが昔住んでいた小さな家。窓から覗くと父と、三年前に死んだ母がいた。二人がわたしに気づいて手を振った。私が家の中に入ろうとした瞬間、兄の声が聞こえて二人の笑顔が歪んで消えた。
公開:23/03/15 21:32
更新:23/03/19 11:36

杉野圭志

元・松山帖句です。

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