ルースケース

4
8

明日はじめて海外出張へ旅立つ妻が、スーツケースを二つ買って来た。
「なんで二個も?」
「ルースケースも古くなってたから」
「ルースケース?」
「ああ、あなたはいつも出掛ける側だったから知らないのね。ルースケースは留守番するほうが使うの」
片方を僕に差し出した。
「は?留守番が何を入れるんだ?」
「自分で考えてよ。子供じゃあるまいし」
その言い方にムッとしながら、僕はスーツ……じゃない、ルースケースを開けた。
いきなりヨボヨボの老人が飛び出した。驚いて叫ぶ。
「じいちゃん!?」
それは亡くなった祖父だった。
ケースから別の老人が飛び出した。こっちは曾祖母だ。
さらに老人、老人、ちょっと若い人、また老人……
「なんだよこれ!」
妻は慌ててレシートを確認すると、テヘッと笑った。
「ごめん、間違えてルーツケース買ってきちゃった」

翌朝、リビングに溢れる自分のルーツとともに、僕は妻を見送った。
ファンタジー
公開:23/03/10 19:15

石原三日月

坊っちゃん文学賞佳作
    第17回『家の家出』
    第18回『どっちつかズ』
    第19回『メトロポリスの卵』
第1回「幻想と怪奇」SSコンテスト優秀作
   『せせらぎの顔』
カモガワ奇想短編コンテスト大賞
   『窓の海』

どうぞよろしくお願いします。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容