寸暇の虫

啓蟄を過ぎた頃から動き出す渡り虫、それが『寸暇』である。
人体に住まう三尸の虫の亜種で、体長一寸ほどの蚊に似た姿をしている。『忙しい』『暇がない』を口癖に、文字通り寸暇を惜しんで働く人間に取り付き、五分の吸暇と引き換えに移動性ウィルスの旅行熱を媒介する。

旅行熱の症状は、主に移り気と現実逃避の形で現れる。
まだ見ぬ旅先へ思いを馳せ、雑誌や旅番組をハシゴし、休暇申請片手に旅館の検索や旅費の算段など始める。致行率は五分五分だが、虫の報せを無視して働きづめた結果、五月病や燃え尽き症候群、過労による心身症を引き起こすケースも多々見られる。
三尸が人心の罪業を天帝に伝える密告者である様に、寸暇は身体の悲鳴を代弁する警告者でもあるのだ。

別名リフレッシュ熱。暇がないと感じる時ほど、寸暇を惜しまないでほしい。
思い発ったが吉日。貴方が出会う経験と縁の軌跡は、人生という長旅を一層輝かせてくれるだろう。