たびのおもいで

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電車で片道38分かかる通学時間に読むために古本屋で買った本に、1枚の栞が挟まっていた。茶色く焼けた厚紙に、手書きのボールペン字で「たびのおもいで」とだけ書かれている。
外が薄暗くなるまで続いた数学の補講からの帰り、電車で本を読みながらウトウトしている間に、短い夢を見た。

車の窓の外に流れる海岸線と少女、飛行機から見下ろす富士山と年配の男性、窓の外で雪が降りしきる喫茶店と若い女性。全員が「たびのおもいで」と書かれた栞を手に読書をしている。

ニヤニヤしながら児童書を読む男子小学生、澄まし顔でビジネス書を読むサラリーマン、眉間に皺を寄せながら終活本を読む年配の女性、電車の中で船を漕ぎながら口を半開きに開けた私。

…私…?

ハッと目が覚めた瞬間、栞は本からスルッと滑り落ちていった。電車の床のどこを探しても、もう栞は見当たらない。

やめて!お願いだから、私の寝顔をたびのおもいでにしないで!
公開:23/03/03 20:44
プチコン

ぱせりん( 中四国 )

北海道出身です。

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