ささやく

注文の多い料理店で主人公のモデルとなった猟師に話を聞く事が出来た。
あの話では猟師二人、山猫軒のあまりの恐ろしさに顔がくしゃくしゃになって元に戻らなくなった、とされているがそれは誤りだと話す。
猟師は声を潜め、山猫軒で目にした恐怖を教えてくれた。
二人が真に恐怖したもの…それは山猫軒に駆け込んできた犬だそうだ。
「そもそもあれは犬だったか？犬っぽく見えたから犬だとは思うが犬はあんなに恐ろしい姿をしてはいない」
ぶつぶつ呟きならも思い出すとする猟師。その顔は更にくしゃくしゃになっていく。
好奇心は猫をも殺す。それはつまり、猫を殺す何かがいる証拠である。山猫軒の主が本当に恐れたものは、多分それだ。
その何かが今、私後ろにいる。生暖かい吐息が首筋にかかる。
『これ以上詮索するな』
耳元でそう囁かれる。振り返るとそこには何もいなかった。
鏡に映る私と目が合う。その顔はくしゃくしゃになりかけていた。