ささやく

妻が亡くなり、俺は家に籠りがちになった。
外出は仕事と買物くらい。それも今やリモートで事足りる。さらに家から出なくなった。
そんな生活が３ヶ月ほど続いた頃か…『お願い…しんで…』と亡き妻の囁きが聞こえるようになった。
それもいいな…今の俺には楽しみもなければ、生きる気力もない。俺も妻のところに-
『バカ！』
これまでの囁く声とは一転。耳元で妻の大声。
『私はあなたに「楽しんで」って言っているの！家に籠っていないで外に出て！私はあなたをずっと見守っているわ。そんな私に、あなたの”楽しい”を見せてよ！』
妻の姿は見えない。でも、ここにいたのだろう。すすり泣く声が聞こえる。
情けない…妻の励ましを俺はずっと勘違いしていた。

俺は外に出た。旅行にも行った。
妻とやりたかったこと、行きたかった場所に足を進める。
そうしていると『…しーね…』と妻の囁く声が聞こえるようになった。
そうだな。楽しいな。