ささやく

吾輩は家である。名前は佐藤。年齢は…分からない。
吾輩は空き家である。人が住まなくなり、長い年月が流れた。もし人が住んでいたなら、その暮らしぶりから己が年齢を計る事も出来た。だが人のいない家ではそれも難しい…
だから吾輩、ここを去ると決意した。いつまでも人の住まない家が居座り続けては迷惑だろう。
吾輩はシロアリ解体組合を呼んだ。吾輩は木造建築。彼らは快く受け入れてくれた。
彼らの仕事は丁寧・迅速でそつがない。近隣住民を吾輩から遠ざけるべく、大きな声を上げて作業を進める。
人の耳にはそれが「ミシミシ」や「ギシギシ」と囁くように聞こえるようでこの音が聞こえ始めると人間の業者も駆けつけてくる。
本格的な取り壊しが始まるとあっという間だ。吾輩、家としての生を終えた。
そんな吾輩。今は大黒柱から切り出した木材で作られた椅子へと姿を変えている。
これからも、ささやかではあるが人の暮らしを支えていこう。