ささやく

グローブで口元を隠す。
野球選手が、相手チームに作戦を知られず話し合う行為である。
実際、今俺もキャッチャーとグローブで口元を隠し、作戦会議中…の、ように見せている。
違う。実は俺達、『俺なら出来る…俺なら出来る…』と囁いては己を鼓舞しているだけだ。
己を鼓舞するだけなら口元を隠す必要なんてないだろうって？いやいや。大ありだ。
もし相手チームに、俺達が己を鼓舞しなければならない程追い詰められていると気づかれてみろ。
「ピッチャーびびってる！ヘイヘイヘイ！」とヤジを飛ばされる。
相手チームに付け入る隙を与える事になる。
試合中、弱みを見せてはいけない。
それに己を鼓舞する言葉はグローブに吸い込まれる。
ピッチャーの俺はグローブの『お前なら出来る』の囁きに励まされる。
キャッチャーの親友はミットの『お前なら絶対に取れる』の囁きに力が湧く。
グローブに吸い込まれるものは、ボールだけじゃないんだ。