競輪場で

曇り空の下に自転車レースがはじまっていた。はじめて来た競輪場で細かなルールはわからないが一列に走る自転車のスピードは魅力的だ。俺を連れてきた理髪店の主人がレースを見ながらつぶやく。あの最後尾のレ ーサーはサイだ。サイは若くない。あの体つき、中年太りもいいところだ。レースの最後尾を見る。サイと呼ばれたレーサーはしかし意外に身軽な姿勢で先行車にぴたりとついて、機会あらば追い抜きを図っているとみえた。自転車の一群がまた近くに回ってくる。サイは古くからのダチなんだ。理髪師がまたつぶやく。若い時から競輪ひとすじ。まだ回っている。レーサー達は一周してまた近くにやってきた。理髪師がつぶやく。サイはいつまで走る気だろう。もう引退まじかなのに。自転車しか知らない奴だからちょっと心配だけど。
雨がぽつりと落ちてきた。客が待っているからと、理髪店の主人は席を立って店に戻っていった。